アンダーリム

GSX250Rでツーリングに行ったり、物欲のままにガジェットを買ったりするブログです

台風19号で避難した話

先日の台風19号で、筆者の住むさいたま市の一部地域では避難勧告(後に避難指示)が発令された。自然災害をここまで身近に感じた日はなかったので、後に振り返ることができるように時系列の記録を残す。

10/9(水)

週末に超大型の台風が関東を直撃することになり、気象庁をはじめ各所から万全の備えをするようにアナウンスが出始める。およそ1ヶ月前、千葉県を中心に大きな被害をもたらした台風15号の記憶も新しく、自宅近くのスーパーでは早くも水のペットボトルやガスボンベが品薄に。

10/10(木)

交通機関が計画運休を行うことが発表され、12日から13日にかけて首都圏は街としての機能が大幅に低下することが確定。スーパーの品薄にも拍車がかかる。

個人的にはまだ楽観視していたところもあって、3連休だし台風一過で天気が良ければツーリングに行こうかなんて話をしていた。

10/11(金)

20:00ごろ

強風による飛来物と浸水による被害を防ぐため、クルマを近くの立体駐車場に移動。帰り道にスーパーを覗いてみたが、水だけでなく乾麺・パン・菓子類など災害の蓄えになりそうなものはほぼ完売、わずかに残った品も次々に売れていく状態だった。

深夜

シャワーの後、断水時の生活用水確保のために風呂桶いっぱいに水をためる。

10/12(土)

目が覚めた時点、台風到達まで半日以上を残した段階で強めの雨が降っていたので河川の増水を覚悟する。自宅がハザードマップ上で浸水が見込まれるエリアにあることから、実際に避難する可能性があると判断して持ち出し用のバックパックを準備して玄関に配置。

バックパックには、東京防災のチェックリストを参考にしながら避難所で半日耐えるのに必要であろう食料と資材を入れた。半日を目標にしたのは、自宅周囲の地形や建物基礎の高さからして最悪でも床下浸水で、水が引けばすぐ戻ってこられるだろうとの見込みがあったため。

9:30ごろ

防災無線で「10:00から避難所開設」の報が伝えられる。ただ、もともとの音質が良くない上に雨風の音でかき消されてしまっており、Twitterで検索をかけて詳細を確認した。警戒レベルは3。アクセスが集中したためか、この時点でさいたま市の公式HPに接続できなかった。

14:30ごろ

朝からの雨が続き、さいたま市街地を流れる鴻沼川の観測所で氾濫危険水位を超えるところが出始める。付近の住民から堤防の高さいっぱいに水が流れる様子がTwitterに投稿され、いつ道路が水浸しになってもおかしくないという状況を知る。が、知ったところで出来ることといえば祈ることくらい。

16:58

荒川上流の熊谷で氾濫危険水位に到達。警戒レベルが4に上がる。荒川第一調節池があるとはいえ、これだけの水が上流から流れてくる上に周囲の中小河川からの排水も加わるとなるとかなり危機的状況であることは明らかだった。

17:30ごろ

調節池と排水設備がフル稼働したのか鴻沼川の水位が頭打ちになり、ついには水位が下がり始めた。ただ、ところどころ欠測していることやTwitterで「鴻沼川が氾濫した」という書き込みを見かけたことから単にそれ以上は川の水が深くならないということだったのかもしれない。

同じ頃、地域の消防団の人が家を訪ねてきて、この地域が浸水する可能性があること、避難場所が少し遠いことを教えてくれた。また、何かの時は連絡をと連絡先を残していった。

18:23

千葉県南東沖を震源とする地震が発生。最初は強風で家が揺れたのかと思った。

大雨が降って近くを流れる巨大な川は着々と水位を上げていき、いつ土砂災害が起きてもおかしくないという状況下での地震は精神的にかなり来るものがあり、次に何か起きたら自宅は諦めて避難しようという気持ちになっていた。

18:40ごろ

先の防災無線と同様にTwitterで内容を確認。避難勧告の対象地域は「荒川に近い区域」という指定がされていて、今自分がいる場所が対象になるのかは放送の内容だけでは判断できなかった。とはいえ危機的状況であることは間違いないので、部屋着から着替えて外に出る準備をしつつ情報収集を続ける。

19:20ごろ

NHK防災アプリの通知で、自宅のある地域が避難勧告の対象になっていることを知る。これからが台風のピークで、強風の中で浸水まで始まったら逃げられないと判断して避難することにした。

日ごろ隣近所との付き合いがほとんどない生活をしているので、万が一の場合に備えて「避難しました。<居住者氏名><人数><避難先><連絡先>」という紙をクリアファイルに挟んで玄関に貼っておいた。数時間後、例の消防団の人から「避難了解しました」というSMSが来たのでこの紙は効果があったように思う。

19:40

最寄りの避難所に到着。中学校だったので、受付で住所氏名緊急連絡先を記入した後で体育館に身を寄せた。照明がLEDになっていて、「水銀灯じゃないんだ…」としばらく天井を見上げていた。

圧縮されているのかと思ったら開封しても膨らまない災害用毛布。それでも体育館の冷たい床に直で横になるよりは100倍マシ。

備蓄品の賞味期限が切れそうになると配られる、あのビスケット。食べるとモソモソするのも同じだが、精神的に来ているときだと顎を動かすことに集中できるのでいいのかもしれない。

21:05

台風が接近して雨風がさらに強まる。関東甲信越と東海地方がすっぽり入る暴風域とは何なのか。

ちなみに台風15号の時はこんな感じ。雨台風と風台風、面で来る台風と点で来る台風という違いはあるのかもしれないが、それにしてもスケールが違いすぎる。

21:51

埼玉県に大雨特別警報が発令。警戒レベルは5、住民は「命を守る最善の行動」を求められた。高台にある避難所に逃げ込むという行動がそれに値することを信じてひたすら耐える。

遅い時間になったため、体育館内は消灯。子供や高齢者を中心に横になる人が増える。

23:30

荒川上流、秩父二瀬ダムが異常洪水時防災操作を行わないことを発表。上流で少しでもバッファリングしてもらえるという事実がうれしかった。

10/13(日)

2:23

さいたま市のすぐ西にある荒川の観測所で氾濫危険水位に到達。普段の水位は4m前後なのに対し氾濫危険水位は12.6mと3倍以上の値が設定されているが、数時間であっという間に赤い線を越えてしまった。

3:12

ついに避難指示(緊急)が発令。スマホの緊急速報だけでなく、防災無線もサイレンを鳴らして避難を呼びかけていた。この時間は既に台風は通り過ぎたあとで、星が良く見える夜空と「緊急放送、直ちに避難。」という切迫した放送が対照的だったのを覚えている。

ここまで来るともう諦めの気持ちが優勢になってきて、もうどうにもならないから寝てしまうことにした。今思うと、朝からずっと気を張っていて体力的にも限界だったのかもしれない。

7:00ごろ

にわかに周囲の物音が大きくなり起床。すぐに手元のスマホで防災アプリとTwitterのタイムラインを追い、荒川が持ちこたえたことを知る。依然として氾濫危険水位は超えているものの、少しずつ水位は下がり始めていた。

状況が良くなりつつあることから、荷物をまとめてすぐに帰宅。浸水の形跡はなく、結果だけ見れば被害はゼロであった。停電もせず、断水もせずという恵まれた状況でもこれだけ疲れたのだから、自然災害というのは恐ろしいし、日ごろから備えておかなければならないと感じた。

持ち出し袋に入れておいてよかったもの

  • モバイルバッテリー
    • 情報収集でスマホを使い続けることになるのでとにかく電池が減る。Lightning・USB Type-C・microUSBと必要なケーブルも忘れずに。
  • ブランケット
    • 寒いときに肩から掛けてもいいし、横になるときは折りたたんで枕にできる。支給の毛布1枚だけでは厳しい。
  • チョコレート
    • 甘いものを食べると気持ちが落ち着く。
  • 有線イヤホン
    • NHKの防災アプリで台風情報の同時放送を見たり、音楽を聴いたりして気を紛らわすことができる。

手元に残っている記録と思い出せる記憶はこれで全部。体力的にも精神的にも消耗した週末だった。